「自らの才能への自信はあった」弁護士を辞めてアラサーでNYに渡りブルガリ・NIKEとコラボするまでに登りつめた芸術家の哲学。

「自らの才能への自信はあった」弁護士を辞めてアラサーでNYに渡りブルガリ・NIKEとコラボするまでに登りつめた芸術家の哲学。

ブルガリ・NIKEとコラボするまでに登りつめた芸術家の哲学



どーもゴーゴーケンゴ(@KNGrits)です!
今日は僕がたまたま目にした芸術家の紹介をしたいと思います。
『シンプルに格好良い』ただ、それだけの理由ですが書きたくて仕方ありません。

ラオル・センバンジョ(Laolu Senbanjo)



その芸術家の名前はラオル・センバンジョ。
ニューヨークを拠点とするナイジェリア出身の芸術家です。


彼の作品をまずは見てほしいです。

#sacredartoftheori

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"Las Gidi state of mind" 🇳🇬 #laolunyc #EverythingismyCanvas

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どうですか?
めちゃめちゃカッコよくないですか?


いわゆるボディペインティングというものなんですが、ラオルの作品は全て【ヨルバ神話】をモチーフとした民族アートなんですね。

ヨルバ神話とは?

ヨルバ人の神話によれば、神々は地上に暮らす目的で天を離れた。
しかし地上に降りるとそこは深い藪で、神々は身動きが取れなくなってしまう。
神々は交代で藪を開こうとするがうまくいかない。
ところがオグンが前に出ると、彼は自分の鋭い鉈を使って一人の力で藪を切り開いた。
神々は彼を讃え、オグンは偉大な神として名を連ねることとなった。
wiki参照



ちょっと難しいですね。。。
ラオルは幼い頃から祖母にヨルバ神話を聞かされて育ったそうです。


幼い頃から、寝物語にいろんなヨルバ神話を聞かされて育った。
しかし、学校に入ると、英語以外の言語は禁止。
学校でヨルバ語を話すとペナルティが課されるんだ。
それは教育のためではなく、僕らのアイデンティティを剥奪するため。
参照:HEAPS


植民地政策の名残が今も続くみたいです。
しかし、そのヨルバ神話がラオルの価値観に大きく影響してると言っています。

弁護士を辞めてアラサーでNYに渡り独学で芸術を学んだ



弁護士を辞めて29歳の時にNYに渡り独学で芸術の道を進んだとのことです。
この瞬間は恐らく誰もが「急にどうしちまったんだよ!クレイジーすぎるだろ!!」と驚きを隠せなかったでしょうね。


ただでさえ、歳を重ねるごとに新しいことに挑戦する風当たりはキツくなり、難しくなっていく中で、弁護士というハイキャリアを捨ててまで挑戦したかった芸術の道。
その時のラオルの言葉は多くの挑戦者たちの胸を打つでしょう。



『自らの才能への自信はあった』



ラオルの民族アートは商業的には使いにくいとして、どこのギャラリーもまともに掛け合ってくれなかったそうです。
見向きもされない。そんな中でもラオルは自分の才能を誰よりも信じていた。


そして、貯金も底をつきて新しいキャンバスを買うお金も惜しむようになった頃に、ラオルは自分の持ち物に描いて売ろうと考えました。
カバンやTシャツにスニーカーなど。すると、それがヒットしたんですね。

📷 @roguephotonyc #TED2017

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「ギャラリーには響かないが、ストリートには響くじゃないか。」


そこで、更に自分の才能を確信したんでしょうね。
そして2016年にビヨンセの「SORRY」のMVに抜擢されその名を一気に世界に轟かせます。


ビヨンセの「SORRY」のMV

ビヨンセの「SORRY」のMV

ブルガリ・NIKEとのコラボがカッコよすぎる

ナイキとラオルのコラボ

ナイキとラオルのコラボ

ブルガリとラオルのコラボ

ブルガリとラオルのコラボ



カッコイイですね。
調べて見たんですが、ネットでは売りに出されてないようです。。。


ブルガリの香水も同じタイプはありましたが、ラオルモデルは限定品なんでしょうか?

ナイキとラオルのコラボ

ナイキとラオルのコラボ

ナイキとラオルのコラボ

ナイキとラオルのコラボ



このスニーカーがどうやってデザインされてるのかInstagramに制作風景の動画がありました。
全部手書きなんですね。

世界がコラボを渇望する芸術家・ラオル・センバンジョの哲学

世界が注目する芸術家ラオルセンバンジョ(Laolu Senbanjo)

世界が注目する芸術家ラオルセンバンジョ(Laolu Senbanjo)



世界が注目する芸術家ラオルセンバンジョ(Laolu Senbanjo)ですが、芸術家としてのキャリアは29歳からと遅かったんですね。
なぜ、ラオルセンバンジョは先の見えない未来に賭けて突き進めたのか?

僕が弁護士を辞めて以来、まともに口を聞いてくれなかった頑固な父ですら、僕のアートを買って家に飾ってくれた。そして、これは我が息子の作品だと自慢している
参照:HEAPS


察するに、親からの逆風も強かったと思います。
民族アートが流行っていたワケではなく、むしろ全く見向きもされない中、自分の信じるアートに人生を賭けた。

誰にだって、誰が作るアートにだって価値はある。
たとえ、それがメインストリームが作り上げた基準に合わなくても、だ。
だから、ピカソのライフストーリーを知って、僕のを知らなくていい理由なんてないよね
参照:HEAPS


売れるモノだけに価値があり、売れないモノに価値がない。』なんてことはない。
ラオルセンバンジョは、どんな逆風であろうが常に自分の才能を信じて突き進んだ。


そして、その才能がビヨンセの目に止まり、メインストリームへと昇華した。


それは、誰もが憧れるサクセスストーリーかも知れない。
しかし、ラオルセンバンジョという男は「そんなことは大したことではない」と言うだろう。


大事なのは成功したことではなく、自分を見限らなかったことだ。

ラオルセンバンジョと自分を照らすワケではないが、僕自身、自分の才能を信じているし自信もある。
それと同じだけ、不安も感じてるし焦りもある。


この間、まさにそんな感情の時に僕の気持ちを代弁するようなツイートがありました。




この想いがあるからこそ、まだまだ頑張りたいと思う。
結果を出すことで、今の僕みたいな奴の希望になるし、そうやって前を向いて生き続けたい。

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「自らの才能への自信はあった」弁護士を辞めてアラサーでNYに渡りブルガリ・NIKEとコラボするまでに登りつめた芸術家の哲学。